2024年冬CCS特集:第1部総論(業界動向)
ソリューション複合化で大きなうねり
2024.12.03−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬品や機能材料などの研究開発を支援するデジタルソリューション。人工知能(AI)/機械学習を利用し、データ駆動型の研究スタイルを志向する傾向が強まるとともに、ソリューション全体は複合化し、多くのベンダーの製品や技術が連携して関わるようになってきている。そうした中でベンダー同士の買収・合併や、戦略的な提携が増えてきた。CCS業界は過去にも大きな再編がみられた時期があったが、ここへ来て新たなうねりが生じつつあるともいえそうだ。
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◆◆DMTA加速でしのぎ、ベンダーの提携・買収活発化◆◆
CCSは、分子構造・結晶構造などを設計し、その特性や物性を計算・予測するモデリング&シミュレーション(M&S)系のシステムと、合成した物質の化学構造を登録し、評価試験などの実験データを含めてデータベース(DB)化して管理・活用するインフォマティクス系のシステムに大きく分かれる。適用対象は、医薬品を中心とするライフサイエンスと、化学・材料分野のマテリアルサイエンスに分けられる。データ駆動型研究を志向するトレンドはライフとマテリアルの両方にみられるが、とくにライフサイエンス分野ではここ数年、創薬研究のDMTA(設計・合成・評価・分析)サイクルをトータルサポートするソリューション提案が各ベンダーから目立つようになってきている。
DMTAは研究を進める際の王道であり、いまに始まった概念ではないが、創薬研究ではこのサイクルを何度も回す必要があり、そこから生み出されるデータの有用性が非常に高い。つまり、DMTAサイクルをいかに速く回すかの勝負になってきており、そのためには研究プロセス全体を一元化されたプラットフォームでつなぎ、データをスムーズに連携させることが求められている。
多くの場合、こうしたプラットフォームを担うのはインフォマティクス系ベンダーで、さまざまな研究データを広く集約するため、特定分野の専門ベンダーと提携したり買収したりするケースが増えている。例えば、ラボ内の実験・計測機器との連携で、質量分析や液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴などの装置からデータを自動的に取得し解析する技術を持つベンダーをグループ化して、電子実験ノートなどのプラットフォームに吸い上げる方向でのアライアンスが多い。具体的には、レビティが、米サイタラの技術をベースにした「Signals DLX」を利用し、ラボ内の各種機器からメタデータを含む計測データを「Signals Notebook」に登録できるようにしている。また、SciY(ブルカー)にも実験データの自動化とAI対応のデータ管理を行う「Mnova」、ラボと製造のQC(品質管理)プロセスを自動化する「SynTQ」があり、電子ノートの「Arxspan」と連携できる。ドットマティクスの「BioBright」も実験機器からデータを自動的に集めるクラウドサービスで、電子ノートとの統合が可能。ダッソー・システムズのBIOVIAも、「ONE Lab」などとして同様のコンセプトを打ち出している。国内ベンダーでは、製薬業向けのシステムインテグレーションに強い伊藤忠テクノソリューションズが米テトラサイエンスの「Tetra データプラットフォーム」を提供している。実験機器ごとに異なる拡張子やフォーマットで出力される実験データを一元的に集約し、汎用的なデータフォーマットに変換して統合するクラウドサービスで、伊藤忠テクノソリューションズはBIOVIAとIDBSの2ベンダーの電子ノートを扱っているため、それらとの統合も進めているようだ。
もう1つの傾向は、プラットフォームへのバイオインフォマティクスベンダーの取り込みである。かつてのDMTAサイクルで回すデータは低分子中心のアッセイデータが主だったが、最近の新薬の6割がバイオ医薬品だといわれるように、研究で扱う対象も低分子だけではなく、遺伝子や核酸、タンパク質などのオミクスデータを扱う比重が増している。このため、バイオインフォマティクスツールを使って解析したデータを、いわゆる創薬モダリティへの対応としてDMTAサイクルに加えるニーズが高まっている。
先行した取り組みを行っているのはドットマティクスで、有力なバイオインフォ系ベンダーをグループに加え、「GraphPadプリズム」「SnapGene」「Geneious」「OMIQ」「プロテインメトリクス」などをプラットフォームにビルトインできるようにしている。また、電子ノートベンダーのIDBSを傘下に収めているダナハーが、今年8月にスイスのジーンデータを買収したのも、こうした流れの動きとしてとらえることができるだろう。実際、この買収によって、バイオ医薬品の研究・開発・製造の加速に向けて、より広範なソリューションが提供できるとしている。
また、今年10月には、新薬の承認申請に必要な薬物動態/薬力学シミュレーションで実績のある米サターラが、ケムインフォマティクスの大手であるハンガリーのケムアクソンを9,000万ドルで買収した。サターラは、2006年11月にM&Sベンダーのトライポスを買収したベクターキャピタルが、トライポスとファーサイト、シムシップの3社を統合して発足させたベンダーで、アーセナルキャピタルの傘下などを経て、2020年12月に新規株式公開(IPO)している。その後、いくつかのベンダーを買収しているが、昨年1月にAIベンダーのVysasアナリティクスを買収。ライフサイエンス向け生成AIの「Certata.AI」の開発を進めている。
ケムアクソンは子会社として独立性が保たれるが、今後は両社のソリューションの統合が図られる予定。買収以前からの提携関係で推進していた創薬研究のための科学情報システム「D360」と研究コラボレーションプラットフォームである「DesignHub」との連携を強化するほか、生物学的薬物速度論(PBPK)シミュレーター「Simcyp」の組み込みも進めていく。化学構造式を扱うケミストリーエンジンなどケムアクソンのインフォマティクス技術は製薬業界では標準的なものとなっており、企業買収に積極的なところからも、サターラの今後の戦略が注目されるところだ。
なお、日本では、パトコアが長年、ケムアクソンの総代理店として活動しているが、サターラの日本法人ともかねて提携関係にあり、事業体制に変更はないという。
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◆◆海外ベンダー業績好調、M&Sソフトが成長◆◆
さて、CCS市場の最近の状況を株式公開している海外ベンダーの経営状況から探ってみよう。まず、シュレーディンガーは2024年度第3四半期(今年9月期)までの業績を発表している。9カ月間の売り上げは1億1,922万2,000ドルで前年同期比16.4%減。このうち、ソフトウエア製品とサービスは1億70万3,000ドルで同11.3%増と伸びたが、創薬事業が1,851万9,000ドルで同64.4%の大幅減となっている。12月までの通期予想は、ソフトウエアの成長は前年比8%から13%の間、創薬収益は2,000万ドルから3,000万ドルの間になるとしている。創薬事業は好調だった前年度からマイナスになるが、第4四半期にはノバルティスとのマルチターゲット研究およびライセンス提携により、1億5,000万ドルの前払いと、最大23億ドルのマイルストーン支払いを受ける契約を結んでいる。
また、サターラの2024年度第3四半期決算(今年9月期)によると、9カ月間の総売上が2億8,480万ドルで前年同期比6.9%増。内訳はソフトウエア事業が1億1,340万ドルの同15.6%増、サービス事業が1億7,140万ドルの同1.8%増となっている。ソフトが好調に推移した一方でサービスにはムラがあり、バイオシミュレーションサービスは13%成長したが、レギュラトリーサービスの不振によって相殺されたとしている。通期予想では、ケムアクソンの売り上げが加わることもあり、総売上は3億8,000万ドルから3億8,500万ドルの範囲になると見込んでいる。
サターラと競合するところが多いシミュレーションズプラスの2024年度(今年8月期)は、総売上7,001万3,000ドルの前年度比17.5%増。内訳は、ソフトウエアが4,102万4,000ドルの同12.3%増、サービスが2,898万9,000ドルの同25.7%増となっている。同社はグローバルの地域別売上高も公表しており、アメリカ大陸が5,040万ドル(同23.5%増)、欧州・中東・アフリカが1,410万ドル(同20.5%増)、アジア太平洋が550万ドル(同21.4%減)という結果だった。2025年度については、今年8月に買収したPro-Ficiencyが加わることで、9,000万ドルから9,300万ドルへの成長を見込んでいるという。臨床試験の総合支援を行うサービスやソフトウエアが含まれているようだ。
次に、レビティの決算もみてみよう。2024年第3四半期(今年9月期)が公表されているが、CCS関連のソフト製品を取り扱うシグナルズソフトウェア事業部を含むライフサイエンス部門でみると、売り上げは9カ月間で9億1,780万5,000ドルの前年同期比5.6%減。このうち15%ほどがソフト事業だとみられている。なお、レビティ全体の売り上げは9カ月間で20億2,565万4,000ドルの同1.4%減となっている。通期の売り上げは27億5,000万ドルから27億7,000万ドルと予想しており、増減率は0%から1%となる。
これらの海外ベンダーの状況からみると、今年のCCS市場もおおむね好調とみることができるだろう。とくに、M&S系のソフトウエアは高い伸び率をみせている。
◆◆国内市場はDXで電子ノート需要拡大◆◆
数字でみることはできないが、国内市場はデジタルトランスフォーメーション(DX)ブームの影響で電子ノートが好調に推移している。製薬業界への導入はすでに一巡し、更新やリプレースの需要が中心になっているが、その際にDMTAサイクルを速く回すための提案が勝負の分かれ目になっている。また、いままで電子ノートに手が出なかった中小規模の製薬系や、化学・材料系の企業の導入が活発化してきた。DX推進のかけ声のもとに予算が付けられるようになってきていると考えられる。
電子ノートがなければ紙のノートで実験記録を付けなければならないわけだが、研究チームの人数が少ないからといって、もはや紙のノートを使いたい人は少数派だろう。いまや学生でも実験記録は電子ノートを使っているわけで、企業に就職して紙に書けというのは酷である。電子ノートもすっかりクラウド版が主流となり、少人数でも導入しやすくなっているため、当分の間は電子ノートの導入熱が冷めることはないと考えられる。